1. 都道府県制度見直しの必要性
現在、国と地方の財政状況は非常に厳しい。2017(平成29)年度末で、国の債務は約900兆円。地方の債務は約200兆円。合わせて1,000兆円を超え、一人当たりで言えば約800万円という途方もない額の負債が、我々の肩に乗っている。
すでに莫大な額だが、今後も、高齢化に伴う社会保障費などの増大が当然のこととして予想されている状況である。一方、安倍政権は、かつて、2020年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化を目指していたが、2025年度、2027年度と目標の先送りを続け、ツケを将来に、子どもたちに回し続けている。
こうした状況だからこそ、国民の皆様に将来にわたって安定的な社会保障を提供するためにも、国も地方も総力をあげて、今から行政コストの削減に取り組んで行く必要があるというのが私の持論である。
行政改革・行政コストの削減については個別事業の見直しが考えられる。もちろん、それは当然のこととして行うべき大切な視点であるが、今考え、実行をしなければならないのはもっと大きく、抜本的なこと、すなわち、この日本という国の運営の仕組みや組織を見直し、来るべき、否すでに来ている少子高齢化社会に対応した効率的な行政運営のあり方を考え、実行することではないだろうか。
行政改革で言えば、例えば霞ヶ関の省庁再編であったり、市町村合併であったりという取組が、この発想によって行われてきた。だが、より広い視野でみると、桁違いに大きな財政効果を生む可能性がある組織再編が、まだ手付かずで残っていると声を大にして言いたい。
それは、「都道府県」や「市町村」という、地方制度そのものの再構築である。
私は、おそらく実現にはそれなりの時間がかかるであろう都道府県制度の再構築に今、光を当て、実現に向けての議論をスタートしていく必要があると考えている。
例えば、私たちが日々当たり前に捉えている「神奈川県」という枠組みは、果たしてこれでベストなのだろうか?近くの県と合併してひとつの組織になれば、重複する部門や事業をまとめてムダを省けないのだろうか?「市」についてもそうだ。例えば、川崎市のような政令指定都市は、普通は県が行う仕事の多くを自ら行うことができる。本当に県と市を、必ず二階建てで置かなければならないのか?等々、様々な疑問がすぐにでも浮かんでくるだろう。
2. 再構築の方向性
まずは、議論の前提となる地方制度の再構築策について振り返ってみたい。近年、主に議論されているのは「道州制」、「都構想」、「特別自治市」の3つである。
(1)再構築策①:道州制
道州制とは、広域自治体として、北海道以外の地域に数個の「州」を設置するという構想である。州の設置に伴い、(北海道を除く)都・府・県は廃止することになる。また、内政(外交や軍事以外)の国の権限を「州政府(道政府)」にまとめて委譲するという、究極の地方分権策でもある。日本を連邦制に作り変える試みと言ってもよいだろう。
アイデア自体は、古くからある。まず、北海道自体が、函館県・札幌県・根室県という県を明治政府が廃止・統合して設置したものだ(1886(明治19)年)。戦前には、全国を6州に分ける「州庁設置案」が内閣に提出されたこともある(1927(昭和2)年)。戦後の占領期にも、行政機関の抜本改革案として「道制案」「州制案」が提案されている(1948(昭和23年))。地方交付税や補助金の拡充で地方が潤った高度成長期には議論が後退したが、検討自体は続けられてきた。
地方分権の機運が盛り上がった1990年代には、地方自治法が繰り返し改正され、都道府県が「ひとつにまとまる」ための制度が整備された。「広域連合」(1994(平成6)年改正)は、都道府県同士が共同で設置する組合だ。これ自体がれっきとした自治体(特別地方公共団体)で、長や議会も置かれる。ただし、一部の行政サービスだけを共同で行うので、いわば「お試し州政府」のようなものだ。都道府県レベルでの実例は「関西広域連合」のみだが、2府6県が加入し、人口2000万人の「日本最大の自治体」となっている。
また、都道府県が合併(2004年(平成16)年改正)できるということは意外と知られていない。複数の県が合併してひとつの新・巨大県になれば、名前こそ県でも中身は「ほぼ州政府」となる。県議会の議決→県から国への申請→国会の承認とハードルは高いが、関係都道府県が本気になり、意見が合えば、走るレール自体はすでに整備されているのだ。ただし、ご承知のとおり、実際に合併に踏み切った都道府県はいまだないのが現状だ。
続いて2000年代には、「分権する」ための制度も整備された。議論に火がつけたのが、2006(平成18)年、小泉内閣の終盤に地方制度調査会が発表した「道州制のあり方に関する答申」だ。具体的な区割り案を示し、国民的な議論が活発化した。
これを受け、国会では、国から道州への分権の試験版とも言える「道州制特区」の推進法が作られた。これで、「北海道」または「3県以上が合併した新県」が相手であれば、国は、特別に権限を委ねることができるようになった。逆に自治体側から、この権限を与えろと国に提案することもできる。だが、先に述べたとおり合併した県はまだ存在しないため、実質、北海道だけを対象とした仕組みになっている。
このように、日本全体として道州制が一気に導入されてはいないが、やる気のある都道府県が合併や特区を駆使すれば「実質的な道州制」を進めることは、実は現状でも可能な仕組みとなっている。
仮に構想どおりに実現すれば、都庁や県庁の大規模な統合が伴うため、行政コストは大きく削減できると予想されている。例えば、2008年の経団連のレポートでは、九州7県をモデルに、現状の県職員人件費1兆6,680億円が、州にまとまれば1兆4,116億円まで圧縮できると試算されている。マイナス幅は2,564億円、人件費17.1%の大幅削減である。
(2)再構築策②:都構想(特別区設置)
道州制は県と県が合併する「横の再編」のイメージだが、県と市の関係を再編する、いわば「縦の再編」も、選択肢にあってよい。例えば、維新の会・橋下徹氏で有名になった「都構想」だ。
地方自治法の原則は、「府県」と「市町村」の二階建てだ。だが、「都」と「特別区」という二階建ても、例外的に認められている。これは、歴史的な経緯を反映したものだ。かつては、日本に「都」はなく、東京も「東京府」と「東京市」だった。これが、戦時中(1943(昭和18)年)に、府と市の二重行政を解消するために、「東京都」と「23区」に再編されたのだ。
こうした経緯から、「府」と「県」は名前が違うだけで法律上の違いはないが、「都」は少し事情が異なる。そもそもが二重行政解消を狙った制度なため、現在も、通常の府県に比べ、特別区を置いたエリアでは都の権限が強くなるのだ。例えば、東京23区では、普通は市町村が担当する消防を「東京消防庁」(都)が担っている。「都営地下鉄」や「都営バス」が走っており、「区営」ではない。また、財源についても、通常は市町村が徴収する固定資産税や事業所税が、都の財源になる。このように、「都・特別区」は「県・市」の関係に比べ都の力が強く、その分、二重行政の問題が起きづらくなる。
ここに着目したのが、橋下氏をはじめとした維新の会の「大阪都構想」だ。当初は、大阪市・堺市の2政令指定都市及び近隣の市を解消し、20の特別区を置くという構想だった。
大阪での盛り上がりを受け、2012(平成24)年、国会では、「大都市地域特別区設置法」が作られた。これにより、府県が市町村を廃止し、特別区を設置することができるようになった。名前こそ「府」を「都」にはできないが、実質的には都構想の実現に道を開いたと言ってよい。手続きとしては、まず、府県と市町村が協議会を作り、青写真となる「協定書」を作る。この内容について、府県と市町村の議会で承認を取り付ける。最後に、市町村の住民投票で過半数の賛成を得ればよい。
維新の会は、この制度に基づき構想の実現を目指した。協定書では、大阪市24区を5区にまとめる案が示され、2015(平成27)年、議会承認を経て、ついに住民投票が行われた。結果は否決に終わったが、大阪府・市は、昨年から再度協議会を設置し、住民投票の再チャレンジを目指している。
以上は大阪の例だが、この法律は、対象を大阪に限ったものではない。全国どの道府県でも、同じような「都構想」に向けて手続きを進めることは可能である。
大阪での議論の過程では、二重行政解消策として、例えば、市民・府立病院の統合、市立・府立大学の統合、水道や消防の府域一元化といった具体策が訴えられた。過去の協議会(2013(平成25)年当時)の中では、都構想で節約できる効果額試算として、736億〜976億円/年が示された。初期費用が300億〜640億円かかるものの、すぐに回収可能なほど効果がある、という計算だ。
(3)再構築策③:特別自治市
県と市の関係を見直す「縦の再編」については、都構想とは逆に、市が府県から独立するという方向もある。これを目指すのが「特別自治市」構想である。指定都市市長会が2010(平成22)年に提言。川崎市も、実現を目指し、他都市と連携して国に働き掛けを行っている。具体的には、警察、交通規制、市街化区域の区域区分、私立幼稚園の設置認可など、いまは政令指定市でも認められていない権限を、市に移すことになる。
特別自治市のエリアは府県ではなくなる(独立する)ので、二重行政は間違いなく解消される。
だが、残念なことに、現在の法律では特別自治市を実現する制度がない。過去(1947〜1956年)存在したが、都道府県全体の住民投票で賛成を得られた都市がなく、妥協策として、現在の政令指定都市制度が導入されたという経緯がある。
耳を傾けるべき構想だとは思うが、実現するためには国の議論の進展を待たなければならない状況だ。
3. 神奈川県の目指すべき姿
以上を踏まえ、ここでは、現在の法制度で実現の道筋がある「道州制(都道府県合併など)」と「都構想(特別区設置)」について、神奈川における可能性を考えて見たい。効果の見通しなどは不明な部分も多く、詳細な分析が必要な点も多い。よって、今後柔軟に考え方を修正する必要が出てくることも否定できないので、あくまで『現時点での自分の考え』として受け止めて下されば、と思う。
(1)神奈川における「道州制(都道府県合併など)」
先に述べた小泉内閣の「道州制のあり方に関する答申」では、「9道州」「11道州」「13道州」の3つの区域例が示されていた。いずれの区域例でも、神奈川県は、「南関東州」に属することになる。(千葉県+東京都+神奈川県+山梨県が基本。9道州案の場合のみ、埼玉県が加わる。)これだけの県が合併して「実質的な州」になれば、確かに、かなりの効果が期待できる。
だが、実現可能性という点ではどうか。2006(平成18)年当時だが、全国で、道州制に賛成は29%、反対は62%という世論調査結果が出た。都道府県への愛着や、州都になれなかった場合の地位低下への危惧が非常に強いのだ。実際に、2011(平成23)年当時、松沢前知事の提案で10都県の「関東広域連合」が検討されたが、結局は見送られた。広域連合すら難しい中、都道府県合併はさらにハードルが高い。
また、こうした環境では、万が一「実質的な南関東州」ができても、結局、独立心が強い従来の県のエリアごとに「神奈川支局」や「千葉支局」が置かれ、いまの県庁と同じような組織が残るような可能性が充分あり、想定通りのコスト効果が得られるかわからない。もしそうなれば、県庁統合によるコスト削減は絵に描いた餅になる。
なお、参考までに、「神奈川州」という構想にも触れておきたい。県は、2012(平成24)年に、「これからの神奈川県のあり方について(9月版)」という文書で、「神奈川州(仮称)」という構想を提案している。(同「12月版」では「州」という呼称は消えたが、提案の中身は同じ。)これは、近隣との合併なく、国からの権限移譲だけを受け、神奈川県だけで「州」を実現するという案である。地方分権のアイデアとしては意欲的だが、都庁・県庁の合併がない以上、行政コストの削減という視点からはほぼ効果がない。神奈川「県庁」としては、独立を保ち、権限は拡大するという理想的な案だろうが、神奈川「県民」としてはこれがベストだとは思えないというのが正直な所感だ。
(2)神奈川における「都構想(特別区設置)」
仮に神奈川で特別区を設置する場合、どのような形になるだろうか。全くのイメージだが、例えば、横浜市と川崎市を解消し、特別区に分けるとしてみよう。
東京の特別区の人口は平均40万人(23区で921万人)。大阪特別区(案)では平均54万人(5区で271万人)。これを鑑みると、372万人の横浜市は8区、147万人の川崎市は3区程度に再編することになるだろう。
「A. 川崎区+幸区」で39万人。「B. 高津区+宮前区」で45万人。「C. 多摩区+麻生区」で39万人だ。中原区29万人については区としての一体性を保つのが妥当であり分割は馴染まない。よって、A区かB区のどちらかに加わるか、単独で残るかとなるだろう。
だが、こうした「都構想(特別区設置)」について、神奈川県は、「政令市の枠組みを尊重し、分割を望まない」、「県では大阪府と異なり二重行政の問題が少ない」として、反対している。果たしてそうだろうか。
政令市の分割を望まない、と言うが、市役所でなく市民の側から見て、川崎市がひとつの自治体であることに、本当に強いこだわりがあるだろうか。むしろ、市のいち生活者としては、細長く伸びた川崎市ではなく、区ごとに、地域の一体感や生活圏が形成されているように感じている。こう考えると、先ほど見た仮の区割りは、あながち的外れではない(住民投票でも一定の支持がある)ようにも感じる。
また、二重行政の問題が少ない、と言うが、実際に川崎市側は、就労支援、起業支援、観光振興、消費者保護などの分野で、県との間に二重行政の問題があると言っている。都が特別区をグリップして一元的に事務を整理すれば、大きなコスト削減が可能だろう。
4. たきた孝徳の提言
以上を踏まえ、神奈川県政に対し、以下の3つを提言したい。
(1)地方制度を巡る議論を加速するよう、国に申し入れるべき
道州制や都構想を巡る国の議論は、一時期活発になったが、直近では停滞の感が否めない。一足飛びに道州制を全面導入するような極端な動きは難しいだろうが、道州制特区法の要件(3県以上の合併)緩和や、特別市制度の導入など、場合によっては可能な制度改正事項もある。地方だけで動かせない改革については国で再び議論を加速するよう、県として、国に働きかけて行くべきである。
(2)県を巡る地方制度のあり方について、検討を続けるべき
地方制度についての県の検討は、2012(平成24)年、「神奈川州」を提示した段階で、実質的に止まっている。県として目指す姿を固めることは重要だが、それ以外にも常に複数の代替案を持ち、議会や県民を交えた議論を続けるべきである。
(3)再編による財政効果について、フェアな試算を行うべき
この種の議論では、再編による財政効果について、賛成派・反対派で極端に違う試算が示されることがよくある。議会や住民投票で冷静な議論を行うためには、常に抱えている複数の選択肢について、計算根拠や考え方を明らかにした効果試算を繰り返し行っていくべきである。