「ヘイトスピーチ」のない神奈川を目指そう!

※過日発表し地域の皆様に議会レポートとして配布したものと同様です。

1. 「ヘイトスピーチ」とは

全国各地で「ヘイトスピーチ」が止まらない。大変不本意な事に、私たちの住む川崎市は、『ヘイトスピーチ』がよく行われる地域のひとつとして全国的にも知られてしまっている。今回の議会レポートは大きな社会問題となっている『ヘイトスピーチ』について自分の考えを明らかにするとともに、その対策について私の考え方を示してみたい。

本論に入る前に、まずは、『ヘイトスピーチとは一体何なのか?』その定義から振り返ってみたい。
昨今多く耳にする『ヘイトスピーチ』という言葉であるが、法務省によれば、「デモやインターネット上で、特定の国の出身の人々を、その出身であることのみを理由に一方的に我が国の社会から追い出そうとしたり、特定の国の出身の人々に一方的に危害を加えようとしたりする内容の言動」とされている。

皆様にも是非ご確認をお願いしたいのは、ここで法務省がいう「言動」とは、デモや演説だけに限られないということである。文章や画像でも、また、インターネットへの投稿でも、先に述べた差別的な表現を伴う行為は、広い意味で「言動」であり、ヘイトスピーチに当たるとされている。口頭に限らないということから、日本語では「憎悪表現」などと訳されることもある。ヘイト「スピーチ」と言っても、デモや演説だけを示すものでは決してないのだ。

また、ヘイトスピーチと聞くと、外国籍の方をターゲットにしたものであり、遠い話だとお感じになられる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、それは大きな間違いである。
なぜなら、ヘイトスピーチは決して外国籍の方をターゲットとした『限定された』問題ではなく、先進国と言われている我が国の現在だけでなく、未来に向かってまでも差別の種を植え付け、助長し、分断を煽り、長期にわたって社会に大きな悪影響を及ぼす日本全体が問われるともいえる重大な社会問題だからだ。
ヘイトスピーチはあってはならないし、なくしていく事が社会全体として求められている時代がまさに来ているのだ。

2. ヘイトスピーチ規制と表現の自由

ヘイトスピーチはあってはならない、社会全体としてなくしていかなければならない問題である事は確かだ。
しかし、その一方で我が国の憲法21条において、「一切の表現の自由は、これを保障する」となっているのも事実、日本国内においては、個々の人が自らの思想や政治的な意見を表明することは、それが表現活動の範囲にある限り、原則として自由という大命題がある。では、ヘイトスピーチに対する規制と表現の自由の間の微妙なバランスを、どう保っていくべきなのか?
実は我が国の社会は、「表現の自由は守られるべき」というかつての立場から、「ヘイトスピーチは許されない。ヘイトスピーチのない社会を作るべきである」という価値観を優先する立ち位置へ重心を移しつつある状況であり、表現の自由という大命題を持ってしても、その自由が保護されない場面がある社会に日本がすでに変化している、という事を指摘しておきたい。
その事については後程書くとして、まずは『ヘイトスピーチ規制と表現の自由』についての世界各国における考え方を記してみたいと思う。

実はヘイトスピーチ規制と表現の自由の間のバランスについては、先進国と言われる世界各国でも決して一律ではなく、様々な考え方がある。
例えばアメリカは、『表現の自由を非常に重視する国』である。合衆国憲法は、表現の自由を制約する「いかなる法律も作ってはならない」と明記している。
したがってアメリカでは、いかに過激な内容であっても、国(連邦政府)には一切規制されない。実際にアメリカには、ヘイトスピーチを規制する法律(連邦法)はない。

一方で、ヨーロッパ各国は、やや考え方が違う。ドイツでは、第二次大戦当時、ナチス政権が過激な言論で人種対立を煽った。この苦い経験から、『表現の自由であっても絶対ではなく、社会を分断するヘイトスピーチは規制されてもやむを得ないとする考え方』が主流である。実際に、公共秩序法(イギリス)、人種差別法(フランス)、刑法(ドイツ・スイスほか)など、各国が、ヘイトスピーチを規制する法律を持っている。
ヘイトスピーチとはいえ一切の制限なく表現が許されるアメリカ型と表現の自由といえども絶対でなくヘイトスピーチを規制するヨーロッパ型という二つの社会のあり方があるのだ。

では我が国日本においてはどうだろうか?
従来は、この点について明確な判断は示されていなかったが、近年、司法と立法の両面から、「表現の自由は万能ではない。ヘイトスピーチは許されない」という、ヨーロッパに近い考え方が示された。
まず、司法においては、2014(平成26)年、京都朝鮮学園(京都市)が起こした民事訴訟で、最高裁が、問題となったヘイトスピーチを違法な行為(名誉毀損・業務妨害)であると判断した。判決は、ヘイトスピーチは人種差別撤廃条約の趣旨に照らして違法であること、それが仮に政治的な表現活動であったとしても公益性は認められず、「憲法13条にいう『公共の福祉』に反しており、表現の自由の濫用であって、法的保護に値しないといわざるを得ない」との見解を示した。すなわち最高裁は『表現の自由といえども決して無制限ではなく、ヘイトスピーチのような表現は許されない』という判断をすでに示しているのだ。
さらに、立法では、2016(平成28)年、国会で、「ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)」が成立した。この法律は、我が国では「不当な差別的言動は許されない」と宣言した画期的な法律である。以下、この法律の成立経緯と枠組みを見てみよう。

3. 「ヘイトスピーチ解消法」について

日本でヘイトスピーチが大きな社会問題として浮上したのは、2014(平成26)年である。この年には、先に述べた最高裁判決が出たことに加え、国際的には、日本が国連から人権状況について勧告を受けるというショッキングな事件があった。国連の委員会が、日本におけるヘイトスピーチの拡がりに懸念を示し、人種差別撤廃条約(日本は1995年に加入)に基づき適切な措置を取るよう勧告したのだ。
ヘイトスピーチに対する懸念の高まりを受け、翌年(2015(平成27)年)には、当時の民主党をはじめとした野党が共同で「人種差別撤廃法案」を国会に提出。しかし、この法案は成立に至らず、さらに翌年(2016(平成28年)、今度は自民党・公明党が対案を提出した。与党案は、議論の対象を「人種差別」全般から「ヘイトスピーチ」に絞り込んだ。この案が与野党を越えて支持を集め、一部修正を経て、全会一致で「ヘイトスピーチ解消法」となった。

ヘイトスピーチ解消法の特徴は、3つある。
1つ目は、「ヘイトスピーチは許されない」という理念を、正面から明確に示したことである。解消法は、前文で、「不当な差別的言動は許されない」「解消に向けた取組を推進する」と宣言している。また、基本理念として、日本国民は、「不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」としている。
この点は、先に述べたヨーロッパ型の発想に近い。法律にこうした考え方が書き込まれたということは、立法府(国会)の意思・方向性が示された一種のメッセージとして、非常に重要である。

特徴の2つ目は、理念を明確に示す一方で、国民のなんらかの行為を禁止・規制してはいないということが挙げられるだろう。
解消法で具体的に決められているのは、国や地方自治体がヘイトスピーチ解消に向けた取組(相談体制整備、教育、啓発活動)を進めることである。先に見たとおり、ヘイトスピーチのない「社会の実現に寄与」するよう国民全員に求められているが、これはあくまで努力義務である。ヘイトスピーチを禁じる、もし行えば罰を科すという類の話は、実はこの法律には出てはいない。
これは、憲法の定める表現の自由を侵さないよう、慎重に設計された結果ともいえ、悪くいえば、煮え切らないとも言えるだろう。実際に効果なき理念法でしかないという批判もある。
とはいえ、国会における法務委員会での議論にもあったように『ある表現の「内容」を問題にして禁止する・罰を科す』ということとすれば、逆に、ヘイトスピーチとは何か?という厳密かつ具体的な定義をしなければならず、その事が『定義外であれば何でも言える』というヘイトスピーチにお墨付きをつけ、抜け道を示唆する事になるという議論は一定の合理性はあるともいえる。
さらなる論点とて議論されていた、特定の表現内容が事前に規制されれば、戦時中のような「検閲」(憲法21条)になってしまうという主張もわからなくはない。

では、第2の特徴として『禁止・規制がない』からと言って、巷間言われるようにヘイトスピーチ解消法では、なにも禁止されておらず、罰則もないから法律ができても、結局ヘイトスピーチは野放しのままという事なのだろうか?
否、決してそうではない。実は禁止規定のない理念法であっても、ヘイトスピーチを抑制する効果はあるのだ。

そのひとつは、地方自治体や警察を含めた、行政の現場において法令の解釈を厳格化させる効果である。地方自治体や警察は、そもそも、デモや演説に対して様々な規制手段を持っている。道路を使うなら道交法、大きな音を出すなら騒音防止条例、公園やホールを使うなら自治体の利用許可が関わってくる。さらに言えば、名誉棄損や器物損壊、暴行や脅迫という刑法の視点もあるだろう。
道路使用や騒音の規制は、表現の自由との関係上、表現内容を問うことはない。デモで訴える内容ではなく、交通渋滞や音の大きさなど、外形的な部分を問題にして行われる。しかし、「厳格に騒音を測ると違法だが、実際はそこまで取り締まっていない」といった微妙な事例もあるだろう。
こうした場面において、理念を明示した法律があることで、様々な他の法律・規制の厳格な適用を促すといった効果が期待できるし、国会での議論においても、その効果として、解消法がある事で、『法令や条例を解釈する時の指針となる』という主旨の答弁がされている。
実際に警察庁は、解消法ができたことを受け、警察が「違法行為を認知した場合には、法と証拠に基づき、あらゆる法令の適用を視野に入れて厳正に対処」すると国会で答弁している。また、解消法の施行にあわせて、警察庁から全国の都道府県警に通達が送られ、そこでは、「違法行為を認知した際には厳正に対処するなどにより、不当な差別的言動の解消に向けた取り組みに寄与」するよう指示されており、実際に、ヘイトスピーチへの対処方針について問うた神奈川県議会における私の質疑の中でも、神奈川県警は警察庁通達を踏まえた同主旨の答弁をしている。

もうひとつは、司法(裁判所)の判断を後押しする効果である。司法は、京都朝鮮学園事件のような民事訴訟のほかにも、今しがた述べた道路使用許可や騒音規制の妥当性を争う行政訴訟など、様々な場面で、ヘイトスピーチを巡る判断を示すことになる。その際、人種差別撤廃条約のような国際法と同様に、ヘイトスピーチは「許されない」とはっきり述べた国内法があることは、(たとえ直接の禁止規定がないものでも)裁判所の判断を大きく左右することになる。実際にデモは、解消法施行前の1年間には61件あったものが、施行後の1年間では35件と、激減した。解消法が効果を上げている証拠だろう。

解消法の特徴の3つ目は、「ヘイトスピーチ」について、一応の法律上の定義を示したことである。同法の2条は、ヘイトスピーチ(「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」)の定義を、
・外国出身者またはその子孫で、適法に居住する者を
・外国出身であることを理由として地域社会から排除することを煽る
・差別的言動
としている。
定義上、広く「言動」が対象にされている(対面に限定されていない)ことがポイントである。したがって、インターネットへの書き込みや動画投稿なども解消法の対象であり、「許されない」ものの一部である。国会の附帯決議においても、インターネット上でのヘイトスピーチ解消に向けた追加施策が求められている。

4. 神奈川の対応

以上で見たとおり、ヘイトスピーチ解消法に実効性を持たせるためには、理念法だから何もできないとするのではなく、立法の狙いとして実際に国会で述べられているように地方自治体や警察を含めた行政が、『ヘイトスピーチ解消法を解釈の指針』として法令の適用をどう行うかが鍵となる。
まさに今や、ボールは国が持つだけでなく、県や市に投げられ、「自分たち」が『自分たちの権限において』何ができるのか?何をするか?が問われているのだ。
それを受けて神奈川県警については、警察庁通達を受け、先に述べたように「違法行為を認知した際には厳正に対処する」という方針を表明し、私の防災警察常任委員会における質疑によっても県議会で確認されている。次は、この方針を実行に移していく段階である。
その一方で県庁側の動きは、他の自治体に比べ出遅れが目立つと言わざるをえない。
まず、県施設の利用許可については、私が担当者として原稿作成を担当した立憲民主党・民権クラブ県議団のヘイトスピーチをテーマに取り上げた代表質問において、黒岩知事は「ヘイトスピーチを絶対に行わせないという強い意思を持って具体的な対応を進める」と県議会で表明した。これは、今までの『国に働きかける』としていた他人事ともいえる従前の県対応からの大きな方針転換であり、県庁職員に更なる取り組みを促す黒岩知事の決断であり、この事は新聞にも大きく報道された。
しかし、川崎市のほか、愛知県や京都府・京都市は、利用許可の基準(ガイドライン)を定め、ルールを明確化している。特に川崎市では、ヘイトスピーチを事前規制する全国初のガイドラインを策定し、この3月(※議会レポート発表当時)から施行している。
単純な基準(ガイドライン)策定を越えて、条例に踏み込む自治体もある。川崎市・名古屋市・神戸市、さらに東京都でも、ヘイトスピーチ対策条例の制定を検討中だ。最も進んでいるのは大阪市である。大阪市は、国の解消法制定より先に、独自の条例を定めた。インターネット上でのヘイトスピーチを認定した場合、市が拡散防止措置をとり、さらに発言者の氏名を公表するなど、内容面でも解消法を越えたかなり踏み込んだものである。

5. たきた孝徳の提言

以上を踏まえ、神奈川県政に対し、以下の3つを提言したい。

(1)違法行為における県警の厳格な取り締り
ヘイトスピーチ解消法が効果を発揮する場面のひとつが、警察による、様々な法令の厳格な適用である。
神奈川県警は、違法行為に対して厳正に対処する方針を県議会でも述べている。今後は、それぞれのヘイトスピーチの警備の際、様々なケースにおいて違法行為があった際には、この方針の着実な履行をすべきだろう。

(2)県として、人種差別解消条例(ヘイトスピーチ対策条例)の制定を検討せよ
東京都は、6月、「オリピック憲章にうたわれる人権尊重の理念実現のための条例」の素案を公表した。これは、LGBT差別とヘイトスピーチの2点を大きく対象とした条例である。ヘイトスピーチについては、具体的には、都保有施設の利用制限、申出に基づく拡散防止措置を規定。ヘイトスピーチが行われる蓋然性が高く、施設の安全を確保できない危険性が高い際は利用を認めない方針である。
神奈川県でも、類似した条例を制定すべきである。

(3)ヘイトスピーチをなくすための教育の充実
ヘイトスピーチをなくしていくためには、次世代を担う方たちに教育を進めて行く必要がある。特に、小中学校などの若い段階から考え方の核を育てていくことができるよう、市町村の教育委員会とも連携し、ヘイトスピーチを許さないための教育面での取組を進めていくべきである。

(以上)