1. 政府の強引な水道法改正
2018年の臨時国会では、明治以来の日本社会のあり方を大転換する法律が成立した。改正水道法、いわゆる「水道民営化法」である。この件に関しては本レポートをお目通しの皆様もニュースなどでご覧になった方も多いと思う。
結論から言えば、私は、今回の法改正に基づく水道の民営化は極めてリスクが高く、とてもじゃないけど賛成できない。私の基本的な政治スタンスは『民間にできることは民間に任せるべき』というものであるのは事実、しかし、『健康で文化的な最低限度の生活』、生存権に直結するともいえる「水」は、公の責任で人々に提供されるべきものであり、市場原理には馴染まないと考える。
以下、順を追って私の考え方を示してみたい。
2. 改正水道法のポイント
一体、水道法とはどのような法律なのか?ここで改めて整理してみよう。
水道法は、昭和32年に成立した歴史ある法律である。その基礎中の基礎と言える条文は、水道法の6条2項「水道事業は、原則として市町村が経営する」という箇所と言われている。水道は公営。これが、長年の日本の水道のあり方なのだ。
では今回、政府はなぜこの法律を改正することにしたのか?
きっかけは、水道インフラの老朽化である。全国の水道は、高度経済成長期に急速に普及した。しかし、水道管の耐用年数は約40年とされており、今世紀に入って以降、各地で一斉に更新期を迎えている。その費用負担の重さから、全国の市町村で水道事業の赤字が拡大している現実がある。
料金値上げを避けつつ赤字を圧縮するためには、経営を効率化しコストを下げなければならない。そこで政府は、改正法で2つの対策を打ち出した。
1つは「広域連携の推進」。単独の市町村では規模が小さすぎるため、複数の市町村で共同経営を行おうという考え方である。この広域化については、私は、ひとつの考え方としてあり得るものだと思う。
問題はもう1点、「官民連携の推進」という名の下で進められる民営化である。行政の世界では、「コンセッション方式」という、いわば「実質民営化」とでも言うべき手法がある。今回の法改正で言う「官民連携の推進」は、市町村が水道について、このコンセッション方式に踏み出すためのハードルを大きく下げたところにそのポイントがあると考えている。
(1)水道事業で進む官民連携
水道に限らず、国や地方自治体の公共施設・公共サービスについて「官民連携」を行うためには、完全に民営化してしまう以外にも様々なやり方がある。水道も例外ではない。
まず、水質検査、メーター検針、窓口・受付業務などの個別業務の委託は、ほとんどの市町村ですでに行われている。また、水道については、管理についての技術的な業務をまとめて委託できる「第三者委託」という独自の制度も2002年に導入され、全国145の市町村で行われている(2012年時点)。さらに、「PFI(サービス購入型)」も、全国で11の事例がある(2014年時点)。
私は、こうした『マイルドな官民連携』とも言える手法については否定するものではない。なぜなら、これら手法に流れる根本思想は水道法にある「原則として市町村が経営」であり、市町村が水道事業の決定権を握り、住民への水の提供にしっかりと公が責任を負うという原理原則の範囲内で行われていると判断するからだ。
(2)「コンセッション」は「実質民営化」である
こうした様々な「官民連携」の中で、問題の「コンセッション方式」、正しくは「コンセッション方式のPFI(民間資金活用)」と呼ばれるものは、2011年のPFI法改正により、我が国に導入されたものだ。切り出す範囲はサービスの運営のみ。ハードを作り、保有するのは引き続き役所である。ただし、サービス運営の切り出しを、大胆に行う。単なる業務の外注ではなく、運営権(「公共施設等運営権」)を民間企業に認め、サービスの企画設計から委ねてしまう。
よって、住民は、利用料をその企業に対して直接支払うことになる。
施設・設備の所有権は役所に残るので、「完全民営化」ではない、といえばその通りだ。しかし、住民の皆様から見れば、民間企業が取水・浄水・給水する水を、企業が決めた料金で、企業を振込先として支払うようになる。
たまに『完全民営化ではない』と反論される方がいるが、どうみても『実質は民営化』である。
(3)法改正による水道事業での「コンセッション」拡大
実はコンセッション方式は、空港、公営住宅や下水道などでは、多くの活用事例がある。だが、こと水道に関しては、2011年の制度導入以降、最終的に導入に至った事例は現在までゼロである。なぜか?
それは、水道事業で民間企業に運営権を認めるためには、水道法上、市町村がいったん既存の事業認可を返上する必要があったからだ。市町村からすれば、これはさすがにハードルが高い。
そこで政府は、今回、市町村が事業者としての立場を維持したまま、外部に運営権を設定できる仕組みを導入した。これが、今回の「水道民営化法」の内容である。「完全民営化に近い、実質民営化」がすでに可能であったところ、なかなか普及しない。だから、そのハードルをさらに一段引き下げたというのが正確だ。
3. 水道は、命を守る公共のサービス
ここで、水道事業に対する私の考え方を述べておきたい。
水は、人間が生きていくために最も必要なもののひとつだ。水道は、住民の命を支える文字通りの「ライフライン」である。
であればこそ、水は、「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)を保障するためにも、いついかなる場合にも、あらゆる人に提供されるべきだ。残念ながら、人は努力しても結果を出せず大失敗する事がある。また、予期せぬ不幸に見舞われる人もでる。
それらの人々が、生き、そして再起をしてもらうためにも、水『だけ』は最後の砦として供給されるシステムを社会全体として堅持するべきだ。
そのために、『公の責任』で料金を低廉に抑え、誰にでも払える水準にしておく。それが、古き日本の良さであった和を持って社会全体で助け合い、命を支えあうという伝統的な保守的価値観『お互い様の世界』というものではないだろうか?
水道とは、『治安・防災』に近い性格のもの、決して採算性『だけ』で判断するべきものではないと私は考えている。
4. 「実質民営化」の問題点
こうした観点から見ると、今回の水道法改正には、大きく2つの問題があると私は考えている。1つは料金、もう1つは『高い水質維持への疑問』だ。
(1)料金の高騰
「民営化」されれば、まず、水道料金が上がるだろう。そもそも今回の法改正のきっかけが、老朽化した施設の改修費用の財源不足である。民間企業が税金を使わず費用を賄っていくためには、普通に考えれば、料金を上げなければ経営が成り立たない。
実際に海外では水道民営化により急激に料金が引き上げられてきた。例えば、フランスのパリ市は、1985年から水道を民営化していたが、料金が3倍以上に高騰。結果、2010年、もう1度市が運営することにした。
水道料金の高騰は、富裕層以外の多くの住民の皆様の生活を直撃する。そもそも安倍政権は、直接的な増税を極力回避しながらも、社会保険料の引き上げ、アベノミクスの金融緩和による円安で引き起こされる輸入品値上げ、不動産投機による家賃値上げなどの「見えない増税」で、庶民の暮らしに打撃を与えてきたと指摘されている。さらには人間が生きてくために必要な「水」まで住民負担が大きくなる事が容易に想定される政策を推進している。
イギリスでは、貧困世帯の抱える借金の中で水道料金の割合が上がり、トイレを流す回数を制約せざるをえないなど、深刻な状況も生まれている。日本でこのような事態を招いてはならないと考えるのは私だけではないだろう。
一方、この点についての反論として、改正水道法では、市町村が条例で料金の上限を決められることになっているから、料金値上げは起こらないというのが、政府の説明だ。
しかし、その説明には無理がある。ひとたび市町村が域内で全面的に運営権を設定すれば、相手の民間企業は地域独占企業となる。5年経ち、10年経つうちに、替えが効かなくなってくるだろう。また、役所からは経験のある職員が年々減り、簡単に再公営化することもできなくなっていく。そうなった時、自分に都合のよい情報だけを出してくる水道会社に対して、市町村議会のチェック機能がどこまで働くのか?はなはだ疑問である。
(2)高い水質維持への疑問
さらに、「民営化」を経た後、高い水質が維持される保証もない。
仮に「民営化」して、料金値上げが回避できたとしよう。それは、企業によるコスト削減の成果ということになる。政府の狙い通り、新しい技術やノウハウで水道事業が劇的に効率化された、という話であれば、それは素晴らしいことだ。
が、そう上手くいくだろうか?先に述べたとおり、水道事業の技術的な面は、すでに相当程度外部に委託されている。ここから運営権委託に一歩踏み出したからといって、大きな技術革新の余地が残っているのか、甚だ疑問だ。
それでもコストを削らないと経営が立ち行かないとなれば、モラルを逸脱する企業も現れる事は容易に想像がつく。2018年には、制振ダンパーの検査データ改ざんや自動車メーカーの検査不正など、安全を巡る企業の不祥事が相次いだことが記憶に新しい。
まして、民営化された水道は地域独占企業だ。競争原理も働かない。コスト削減のために『水質低下をやむなし』との判断をすることだって充分ありうる。
そして、もし仮に、『水質低下した水』が流れていても、我々は我慢してその水を飲むしかないのだ。
今回の改正法では、「民営化」を行っても、市町村が水道事業者としてそのまま残る。彼らが企業をしっかり監督するから安心だ、と政府は説明している。
だが、国が監督している業界でも、こうした不正が現に頻発している以上、その説明に何ら説得力がない。
外からの監督で細かな現場までコントロールし切ることは、所詮不可能なのだ。
5. たきた孝徳の提言
以上を踏まえ、神奈川県政に対し、以下の3つを提言したい。
(1)公営水道の断固維持
以上で論じたリスクを考慮すれば、水道事業へのコンセッション方式の適用には、非常に慎重であるべきである。
最終的には市町村の判断に任されることだ。だが、県としては、県民に無用な懸念を抱かせないよう主体的な判断をはっきりと示し、域内市町村とコミュニケーションを図っていくことが重要だと考える。
(2)公営水道のままでの経営改善 – ①県内の広域連携推進
冒頭で述べたとおり、今回の水道法改正で示された水道事業効率化の手法は、大きく2つある。官民連携と広域連携である。
後者の「広域連携」については、市町村を跨った取組となることから、都道府県にも推進の役割が期待されている。具体的には、市町村と協議会を設け、「水道基盤強化計画」を作る旗振り役が期待されている。
官民連携とは異なり、広域連携であれば、住民にとってさしたるリスクは見当たらない。神奈川県でも積極的に推進し、責任を持てる形での業務効率化を進めるべきである。
(3)公営水道のままでの経営改善 – ②既存の官民連携手法の活用
「官民連携」には、問題の「コンセッション方式」以外にも様々な手法があることを述べた。例えば、水道事業で以前から認められてきた「第三者委託」は、様々な関連業務を一括して委託し、コストを削減するための制度である。技術的な責任と権限は民間企業に移る一方で、料金変更や給水停止といったサービスの責任と権限は市町村に残る。
民間の技術力・ノウハウの活用がどうしても必要なのであれば、まずは、こうした既存の連携手法を十二分に使い切るべきである。そうすれば、少なくとも、野放図で無責任な値上げは避けられる。実績もなく、リスクが懸念されるコンセッション方式よりはいくらかましと言えるだろう。
最終的には市町村の判断になるとしても、県としては、議会からも行政からも、こうした考え方を整理し、目に見える形で伝えていくべきである。