1.津久井やまゆり園の事件について
今年7月26日、相模原市の障がい者施設である津久井やまゆり園で、入所者19人が殺害され、27人が負傷するという大変痛ましい事件が起こった。本レポートに入る前に被害に遭われた皆様やご家族の皆様には、この場を借りて心からのお悔やみとお見舞いを申し上げたい。
この事件は、犯人の障がい者に対する差別や偏見が犯行の原因となったという点で、深刻な問題を投げかけた。犯人が示したような障がい者に対する差別や偏見は、程度の差はあれ、社会に根強く残っているのが現実だからである。このような悲惨な事件を二度と繰り返さないためにも、障がい者に対する差別・偏見を解消し、誰もが対等に、排除されることなく、安心して生きられる共生社会を実現しなければならない。
そのために、現実を一歩でも二歩でも進めるために『障がい者差別解消条例(共生条例)』の制定を提案したい。
2.かながわ民進党神奈川県議会議員団の対応
津久井やまゆり園の事件を受けて、我々かながわ民進党県議団は、障害者差別解消のための「ともに生きる神奈川を目指した条例」(共生条例)の制定を求め、会派としての代表質問を県議会本会議で行った。
それに対し、黒岩知事からは、「他県での条例制定の例もあり、障がい者に対する正しい理解の普及啓発にとって、一つの選択肢であると認識している」という答弁があったところである。
この知事答弁は、県としても条例制定の可能性があることを認めた大変貴重な答弁だと評価したいと思うと当時に今後さらに、県議会全体として条例制定に向けた機運を高めていくことが必要だと考えている。
そのためにも、本レポートにて『条例』で何を目指し、何ができるのか?また、盛り込むべきと考える具体的な内容について提案したいと思う。
まずは、その前提として、障がい者に対する差別の解消に向けた国や他の自治体のこれまでの動きを振り返ってみよう。
3.国の動き
- 障害者権利条約とその趣旨について
2006年、国連総会で「障害者の権利に関する条約」が採択された。この条約は、障がいのある人がない人と平等な権利を享有するための「合理的配慮」を義務付け、加盟国に必要な措置を求めている。合理的配慮とは、例えば段差をなくす、点字の表示をするなど、障がい者が不利にならないような措置で、過度な負担とならないものという意味である。
この障害者権利条約のポイントは、差別的行為を行うことだけでなく、合理的配慮の否定も「差別」と位置付けられたことである。
ちなみに、我が国は2007年に条約に署名した後、以下の②・③に示す国内法整備を終えた2014年に批准を行い、世界で140番目の加盟国となった。
②障害者基本法の改正とその趣旨について
障害者権利条約を実施するための国内法整備の一つとして、2011年に障害者基本法の改正が行われた。
この改正では、「障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と尊厳を尊重しながら共生する社会」の実現が掲げられた。また、そのためには、障がい者にとっての社会的障壁を除去するための合理的配慮が必要だとされた。すなわち、障害者権利条約の内容である、合理的な配慮をしないことも「差別」に含まれることが、国内法でも改めて明文化されたのである。
また同年、障害者虐待防止法が成立し、養護者・施設従事者・使用者による障がい者の虐待防止が定められた。
③障害者差別解消法の制定とその趣旨について
2013年には、障害者差別解消法が制定された。この法律では、基本法の理念にのっとった差別解消の措置について定められている。具体的には、①政府による差別解消のための基本方針の策定、②行政機関や事業者における差別解消のための措置(対応要領の策定、報告の徴取、助言、指導、勧告など)、③差別解消のための支援措置(相談・紛争防止体制の整備、啓発活動、地域協議会の設置など)について定めている。この法律は、今年4月に施行された。
4.地方自治体の動き
こうした国の動きとも呼応して、障がい者差別の解消や共生のための条例を制定する自治体も増えている。最初の例は千葉県で、2006年に「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」を制定した。
その後も全国的に条例の制定が相次いでいる。特に今年は障害者差別解消法が施行されたこともあり、栃木県、埼玉県、岐阜県、大阪府、愛媛県、大分県が条例を制定している(上記は都道府県のみ。市町村を含めればさらに増える。)。
【障がい者差別解消条例を制定している都道府県】
千葉県、北海道、岩手県、熊本県、長崎県、沖縄県、京都府、茨城県、鹿児島県、富山県、奈良県、愛知県、徳島県、山形県、栃木県、埼玉県、岐阜県、大阪府、愛媛県、大分県 |
条例の内容は自治体によって異なるが、多く定められている内容は、①障がい者が他の人と等しく権利の主体であることの宣言、②障害者差別の禁止、③具体的な場面(雇用、教育、医療提供など)における差別禁止、④差別解消のための施策(広報啓発、相談機関の設置など)である。
なお、ほとんどの条例は、条約や基本法の定義に沿って、均等な待遇を行わないこと(不均等待遇)や、合理的な配慮を行わないこと(合理的配慮の不提供)を「差別」と定義している。例えば、障がい者であることを理由にお店に入店させない、必要な支援を与えない、といった事例がこれらに該当する。
5.なぜ私は共生条例の制定を目指すのか
神奈川県では、2014年に現行の「かながわ障害者計画」(平成26~30年度)を制定している。また、今年の10月14日には、津久井やまゆり園の事件を受けて、神奈川県議会で「ともに生きる社会かながわ憲章」を議決した。
現行の県の障害者計画は、障害者基本法に基づいたものであるが、あくまでも行政内部の計画である。そのため、県民や事業者に対する拘束力を持つものではない。また、行政が自らの手で変えられるものである。現在のように知事が熱意を持って取り組んでいる状況であればよいが、将来的に知事の交代などがあった場合に、現在のような取組みが継続される保証はない。
これに対して条例は、県当局に施策の実施を義務付けることができるため、仮に知事が代わったとしても、条例に書かれた事項は必ず実施しなければならない。議会が条例を変えない限り、その内容は拘束力を持つ。つまり条例は、行政が作る計画よりも強い継続性と実効性を持っているのである。
また、条例には、議会の役割を書き込むことも可能である。例えば、障がい者施策の進捗状況について、知事が定期的に議会に報告し、議会がそれをチェックするという仕組みを設けることもできる。議会の関与を定めることは、行政のみで作る現行計画にはできないことである。
一方で、10月に制定された憲章は、条例と同様に議会の議決を経たものであるが、理念のみを述べたものであり、その性質上当然のことながら、障がい者差別解消のための具体的方策は示していない。
よって、憲章に掲げられた理念を実現するためにも、そのための体制や施策を条例で定める必要がある。
津久井やまゆり園の悲惨な事件を経験した今こそ、これまでの国や他自治体の動きに学びながら、神奈川県が全国で最も先進的な障がい者差別の解消を目指した共生条例を制定し、我々の毅然たる対応姿勢を示すべきだと思う。
6.条例案に盛り込むべき具体的項目(7つの提案)
神奈川県で新たに制定する条例は、他自治体の条例の優れた部分を採り入れつつ、既存の条例にはない先進的な規定も盛り込んだものとすべきと考える。
そのための具体的な項目を、以下のとおり提案したい。なお、以下の項目は、他の条例と比べて特徴的な事項に限っている。
これらの他に、共生社会の理念や障がい者の権利に関する規定については、既存の多くの条例にも盛り込まれており、本県の条例にも規定すべきことは当然である。
①障がい者であることを理由とする不当な差別的言動の解消条項
他県の条例の多くは、障がい者への「差別」として、行政や事業者等における「差別的取扱い」と「合理的配慮の不提供」を挙げていることは、先に述べたとおりである。
しかし、今回の津久井やまゆり園の事件は、犯人が障がい者に対して差別的な「取扱い」(施設を利用させない等)をしたわけではない。犯人は、差別的な発言をし、大量殺人を行う旨を予告した上で、それを実行したのだ。つまり、差別的な「言動」を行ったわけである。
実は、障がい者に対する差別的な「言動」への対処を定めた法令は、現在のところ存在しない(刑法の脅迫罪等に該当する場合があるが、「差別」という観点ではない。)。今回の事件も、犯人の差別的な言動自体を問題視できれば、事前により積極的に対応できた可能性もある。
そこで私は、神奈川県独自の条例として、障がい者に対する「差別的な言動」の解消を目指す規定を設けることを提案したい。具体的には、本県条例にいう「差別」に、障がい者に対する「差別的な言動」も含むことを明確に規定し、対処のための具体的な方策を盛り込むのである。これは、他自治体の条例にはない内容であり、神奈川県の条例を先進的なものにするための大きなポイントとなる。
ただし、差別的な言動自体を直接的に禁止した場合は、表現の自由の侵害となる可能性もある。そのため、あくまでも差別的な言動がない社会の実現を目指し、そのための施策を定めるべきである。施策の具体案は③以降で述べていきたい。
②障がい者であることを理由とする不当な差別的取扱い等の禁止条項
次に盛り込むべき事項は、障がい者であることを理由とする不当な差別的取扱いの禁止である。これは、既に述べた、障害者権利条約、障害者基本法・障害者差別解消法、自治体の条例という一連の流れに位置付けられるものである。
具体的には、行政、事業者、県民等に対して、障がい者であることを理由として不当な差別的取扱いをすること及び合理的な配慮をしないことを禁止する規定を設ける。施策の具体案は③以降で示す。
その際、障害者基本法や他県の条例のように、「何人も」これらの行為を行ってはいけないと規定することが重要である。これにより、県民のみならず、県内に所在するすべての人(県内を通過するだけの人も含む)、法人、代表者を有する団体すべてが条例の対象となる。差別をした人が神奈川県民でなければ対応できない、というのでは、条例として不十分だからである。
なお、さいたま市の条例では、障がい者のプライバシー(身上に関する事項)をみだりに用いて、その生活を不当に妨げることも差別に含めている。全国的にみてユニークな規定であるが、本県の条例でもそれを採り入れ、差別の一類型として位置付けるべきである。
③警察等関係機関との連携条項
今回の事件を踏まえると、障がい者に対する度を超えた差別的言動を繰り返す場合に、警察と適切に連携して対処することが重要となる。差別的言動にも程度の差があるが、犯行予告のような重大なものは、脅迫罪や業務妨害罪に該当し得る犯罪行為である。犯罪につながる可能性がある場合には、警察がしっかりと対処することが、類似事件の再発防止のために不可欠である。
警察等との連携を条例で規定することによって、警察に対し、初動の段階から当事者意識を持って関与することを求める意味を持つ。
④議会によるチェック条項
先に述べたように、行政が作る既存の障害者計画にはない重要な仕組みが、議会による行政のチェックである。津久井やまゆり園事件は、戦後最多の犠牲者を出した殺人事件であり、私達神奈川県民に大変なショックをもたらした。したがって、この事件を受けた県の取組みが、県民的な関心事項であることは間違いないし、決して風化させてはならない。
したがって、障がい者差別解消のための神奈川県の取組みについて、毎年度、県民の代表である議会が知事に報告を求め、議会で審議を行うことは、県民の意思に沿ったものであると思う。
⑤教育条項
障がい者に対する差別をなくすためには、幼少期からの教育が重要であることは論を待たない。学校、家庭、地域の各場面における教育において、障がいについて知ること、障がいの有無に関わらず共に生きること、差別をしてはならないことなどを実践的に学ぶ必要がある。
そのために、県立学校において障がい者差別をなくすための教育を行うこと、市町村立学校に対しては市町村教育委員会に協力を要請すること、保護者に対しても差別解消のための啓発を行うこと等を規定する。
⑥罰則条項
条例としての実効性を高めるためには、罰則のある条例とすることで、単なる理念や努力義務を述べた条例ではないことを示すことが重要である。
まず、犯罪につながる可能性がある相談が寄せられた場合は、③に示すように警察と緊密に連携して対処し、悪質なものについては警察が捜査等を行うことになる。
また、犯罪には該当しない場合であっても、以下のような対処ができるようにする。あわせて、⑦で示す相談員や地域協議会構成員の守秘義務違反に対する罰則を設けることによって、相談・対処の実効性を高めることも必要である。
・差別的言動の場合
必要に応じて、知事による調査を行い、その結果に基づいて、助言やあっせん(知事からの関係機関への紹介など)ができる仕組みを整備する。知事の調査を拒否する場合には、罰則の対象とする。これは、障害者差別解消法において、大臣が事業者に報告を求めた場合に、報告をせず、又は虚偽の報告をした者は罰則の対象としているのと同様の仕組みである。
・差別的取扱い・合理的配慮の欠如
知事による調査、助言、あっせんに加えて、指導勧告ができるようにする。また、指導勧告を行ったにもかかわらず執拗に差別的取扱いを繰り返すなど悪質な場合には、氏名等の公表ができるようにする。
⑦その他の具体策
・相談体制の整備条項
相談体制の整備は他県の条例でも多く規定されているが、本県の条例では、相談体制を質の高いものとするため、弁護士等の専門家を入れることを明確化すべきである。相談員には守秘義務を課し、安心して相談ができるようにする必要がある。
・地域協議会の設置条項(情報共有体制の整備)
また、関係機関の連携や相談対応を効果的に機能させるための仕組みとして、「地域協議会」を設置する。行政の担当部局、警察、障がい者施設、障がい者団体、学校等の関係機関が具体的な事案についての情報共有を行い、対応を協議する場である。地域協議会の構成員に対しても守秘義務を課し、情報共有・対応が円滑に行えるようにする。
・広報啓発条項
広報啓発の実施も既に多くの条例で規定されているが、本県においても、差別解消のための基本的施策として、広報啓発は重要な意義を持つ。特に、憲章に掲げられた「県民総ぐるみ」の取組みを推進する手段として、広報啓発は不可欠のものである。したがって、例えば、障がい者差別解消のための県民運動の実施、障がい者差別解消ウィークの制定など、具体的な広報啓発の手段について条例に規定すべきである。
以上いくつかの視点で現時点における自分の考え方を示してみた。他にも様々な視点や考え方があるかと思う。今後も引き続き検討を続けるとともに、何よりも現実化する事、県での条例制定を目指していきたい。