※2016年4月発表
1.花粉症の現状
花粉症は、日本人の30%がかかっているといわれる国民病である。最も多いのはスギ花粉症で、実に花粉症の70%はスギ花粉が原因だとされる。関東地方では、2月~4月がスギ花粉のピークである。私もそうであるが、毎年この時期になると様々な症状に悩まされる方も多いだろう。
花粉症は体の免疫反応である。花粉が体内に入ると、異物を排除しようとする免疫反応によって、くしゃみ、鼻水、涙などの症状が出る。花粉の種類によっては、皮膚が荒れる、咳や喘息が起きる、口の中が腫れるなどの症状が出ることもある。人によって期間は異なるが、数年から数十年の間花粉を浴びると、体内に十分な量の抗体ができて、こうした反応が起きるようになるといわれる。
困ったことに、花粉症の患者数は年々増えている。少し古いデータであるが、全国の耳鼻咽喉科医とその家族を対象にした調査では、花粉症の割合は平成10年が約20%、平成20年が約30%となっていて、10年間で1.5倍になったことがわかる。また最近では、小さな子どもの花粉症が増えていることも問題となっている。
【花粉症の有病率】(環境省「花粉症環境保健マニュアル2014)
花粉症が増えている最大の原因は、花粉量の増加である。戦後から高度成長期に植林されたスギが大きく成長したことや、地球温暖化の影響により、花粉の量そのものが増えているのだ。そのほか、食生活の変化、大気汚染、ストレスなども、花粉症の増加に影響しているとされる。つまり花粉症は、人間の営みによって増加した、人災に他ならない。特に、林業の衰退によって放置された森林から大量の花粉が出ていることは、我が国の経済社会が抱える構造的問題の表れなのだ。
また花粉症は、患者個人を悩ませるだけではなく、社会全体に損失を与えている。仕事の能率が落ちることによる損失、医療費の負担、さらには、多くの人が外出を控えるようになるため、観光や外食産業にもマイナスの影響を与える。様々な損失額の試算が発表されているが、数千億円から、多いものでは1兆円以上という巨額の損失が生じていると推計している。
このように、花粉症は今や、単なる個人的問題を超えた大きな社会問題といってよい。しかも、このまま放置すればさらに花粉の飛散量が増え、最終的には7,000万人もが花粉症になるという予測もある。その場合の社会的な損失は数兆円にも達する。したがって、国や県が本格的に対策に取り組まなければならない、喫緊の政策課題なのだ。
2.国・他自治体の取組
(1)国の取り組み
花粉症に対して国が行っている主な取り組みは、①花粉飛散の観測・予測、②花粉症の原因究明と予防・治療法の開発普及、③花粉の量を減らすための取り組み、の3つに分けられる。
①花粉飛散の観測・予測
スギ・ヒノキ花粉の飛散状況を観測し、環境省の花粉観測システム(愛称:はなこさん)によってリアルタイムで情報提供している。
②花粉症の原因究明と予防・治療法の開発普及
文部科学省や厚生労働省では、花粉症などのアレルギー疾患の原因究明や、予防法・治療法の開発に関する研究を行っている。この中には、安全性が高い花粉症ワクチンの開発も含まれている。
③花粉の量を減らすための取り組み
スギ花粉の飛散量を減らす対策として、花粉の多いスギから少花粉スギや広葉樹への植え替えを推進している。また、無花粉スギの開発も行っている。
【「はなこさん」の画面(http://kafun.taiki.go.jp)】
(2)東京都の取り組み
都道府県で花粉症対策に最も早くから力を入れたのは、東京都である。東京都は、昭和62年に我が国で初めてスギ・ヒノキ科花粉の飛散予測を開始した。平成21年からは、1時間単位の花粉飛散状況・予報を提供している(ホームページ、テレホンサービス、メール配信)。
予防や治療に関しては、花粉症の知識を普及するための小冊子「花粉症一口メモ」を作成・配布しているほか、効果が高く患者の負担も少ない舌下免疫療法(減感作療法)の臨床研究を行い、実用化を推進している。
花粉発生源対策としては、「花粉の少ない森づくり運動」として、花粉の少ないスギへの植替えを推進しており、多摩地域で年間60ヘクタールの植え替えを行っている。また、伐採したスギは多摩産材として販売し、住宅や公共施設等への活用を進めている。
(3)富山県の取り組み
富山県農林水産総合技術センター森林研究所は、平成4年に全国に先駆けて花粉を全く飛ばさない無花粉スギを発見し、平成8年には初めて無花粉になる性質の遺伝様式を解明した。その後、全国で初めて無花粉スギを大量生産する技術を確立した。
優良無花粉スギ「立山 森の輝き」は、平成26年度は約1万本を出荷し、27年度は3万本、28年度は4万本を出荷する予定である。同研究所は、現在も品種改良の取り組みを継続して行うなど、花粉症対策の研究を進めている。
3.神奈川県の取り組み
神奈川県自然環境保全センターでは、毎年冬にスギ・ヒノキ雄花の着花量調査を実施し、その結果に基づいて翌シーズンの花粉飛散量の予測を行っている(ヒノキの雄花量に基づいた飛散予測は、今年、全国で初めて実施した)。また、スギ・ヒノキの花粉飛散数を1日1回計測し、ホームページで公表している。
また、同センターでは、花粉の少ないスギ・ヒノキの品種の選抜を行っている。その成果によって、現在県内で生産されているスギの苗木は全て少花粉スギ(花粉飛散量が従来の1%以下)や無花粉スギとなっている。また、平成25年には全国で初めて無花粉ヒノキを発見し、実用化に向けて研究を進めている。
4.たきた孝徳の提言
提言1 無花粉・少花粉スギへの植え替えを推進すべき!
まずは、スタンダードな提案であるが、無花粉・少花粉スギへの植え替え推進が、花粉症撲滅のための基本的な対策である。
本県では、水源環境の保全・再生事業の財源として、個人住民税の超過課税による「水源環境税」を平成19年度から導入している。納税者1人当たりの平均で年間890円の負担をいただき、税収は年間約39億円となっている。
水源環境税の税収は、水源となる森林の保全・再生や、水質汚染を減らす下水道整備などに使われている。神奈川県の水源林は、花粉症の原因となっているスギなどの針葉樹林が中心である。そこで、水源環境税の財源を活用して、これまで以上に、積極的な針葉樹の伐採と、小花粉・無花粉種への植え替え、あるいは広葉樹への植え替えを推進し、花粉の低減を目指すべきである。
標準税率 | 上乗せ率(水源環境税) | |
均等割 | 1,500円 | 300円 |
所得割 | 4% | 0.025% |
提言2 大胆な計画を立てて伐採を推進すべき!
花粉症対策でスギの伐採が議論される際には、必ずといってよいほど林業の再生が合わせて語られる。伐採した木材の使い道がなければ、伐採も進まないという理屈である。
しかし、林業の再生は重要な課題ではあるが、花粉症対策とは切り離して考えるべきだ。林業再生には、コストの問題や後継者の養成など、課題が山積している。我が国の林業を持続可能にするのは中長期的な課題であり、可能だとしても何十年という時間がかかる。つまり、林業の再生を待っていては、何十年経っても花粉症はなくならないのだ。
やや過激な提案となるが、当面は林業より花粉症対策を優先し、林業に向かない森林(林道から遠い所など)から集中的に伐採すべきである。伐採した木材は搬出せずに付近の安全な場所に放置し、搬出や製材の費用を節約する。また、伐採後は低コストの天然更新によって自然林に戻す。天然更新とは、植林せずに自然の森林再生を待つ方法であり、既に国内でも広く用いられている。ただし、条件によって結果が大きく変わるため、技術的な研究もあわせて行う必要がある。
もちろん、木材利用を考えないとしても、全てのスギ林を一気に伐採することは、費用面でも水源保全の面でも問題が大きく現実的ではない。しかし、「10年でスギを半減」など、林業とセットでは実現できない大胆な目標を決めて、花粉症の早期撲滅を図るべきである。
提言3 スギ林への課税でさらなる財源を創出すべき!
提言2のような大胆なペースで伐採を推進するためには、水源環境税だけでは財源が不足する。そこで、さらに大胆な提案となるが、スギ林への課税を強化することで伐採の財源を創出することを提案したい。
先に述べたように、花粉症は年間で数千億円から1兆円の経済的な損失を生み出しており、その多くはスギが原因である。いわば、スギ林が大気汚染物質を排出し、社会に損失を与えているのと同じ状態である。こうした汚染物質の排出源に課税して、排出量を削減する方法は「ピグー税」と呼ばれ、経済学では一般的な考え方である。我が国でも、ガソリン税や地球温暖化対策税(平成24年導入)にこの考え方が取り入れられている。汚染源に課税することで、汚染対策の財源を生み出すとともに、汚染物質の排出を抑制するのである。
スギ林への課税も、行政が伐採を行う財源を生み出すだけでなく、森林所有者に対して、スギを伐採するインセンティブを与える。森林を放置するよりも、伐採した方が税が安くなるためである。経済学的には、社会的な損失と同額の課税を行うべきだとされるが、現実には数千億円から1兆円の課税をしなくても、固定資産税を強化するだけで大きな効果があるだろう。
なお現在、保安林に指定された森林は固定資産税が非課税となっているが、スギ林には花粉の排出に応じた課税が可能となるよう、国に対して働きかけるべきである。
提言4 「花粉症対策本部」を設置し「花粉症対策計画」を策定すべき!
東京都は副知事を本部長とする「花粉症対策本部」を設置し、部局横断的な体制で花粉症対策を推進している。一方で神奈川県は、森林再生課、健康増進課などの担当部局がバラバラに施策を進めているだけのタテ割り状態である。
そこで、神奈川県においても「花粉症対策本部」を設置し、県の総力をあげて花粉症対策を推進する体制づくりが必要がある。さらに、医師会、林業関係者、大学、研究機関など、関係する民間機関にも参加してもらい、官民一体で花粉症の撲滅を目指すべきである。
さらに、先に例示した「10年でスギ半減」など野心的かつ県民から支持を得られる目標を掲げ、実現に向けたロードマップを示した「神奈川県花粉症対策計画」を策定・実行すべきである。
【東京都花粉症対策本部の構成】
本部長 | 副知事 |
副本部長 | 産業労働局長、環境局長、福祉保健局長 |
構成局 | 政策企画局、総務局、財務局、生活文化局、オリンピック・パラリンピック準備局、都市整備局、環境局、福祉保健局、病院経営本部、産業労働局、建設局、港湾局、交通局、水道局、教育庁 |
提言5 九都県市が一丸となって取り組むべき!
当然ながら、花粉は神奈川県内だけから飛んでくるものではない。したがって、周辺の都県・政令市が一丸となって花粉症対策に取り組む仕組みづくりも必要である。花粉症対策としては既に、九都県市(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市、相模原市)による「九都県市花粉発生源対策事業」が行われており、平成20年からの10か年計画で花粉症対策に取り組んでいる。しかし、計画終了まであと1年余りとなっているが、達成状況は十分とはいえない。
これまでも、例えばディーゼル車規制問題などにおいては、九都県市の枠組みで大きな成果を上げている実績がある。条例の制定、粒子状物質(PM)減少装置の指定、広報活動などを九都県市が協力して行い、大気汚染が大幅に改善されたのだ。
この例にならい、神奈川県が主導して、九都県市が一丸となった強力な枠組みを作り、花粉症撲滅対策を推進すべきである。